にちぶんにっき

早稲田大学日本語日本文学コース室のブログです。

台風一過からさらに少し過ぎ

こんにちは、波留です。

先週の話になりますが、台風8号が日本列島を通過しましたね。都内ではそれほど被害はなかったようですが、被害の大きかった地域の方はさぞかし大変だったろうと想像します。
ときとして大きな被害をもたらす台風だけに、通り過ぎたあと打って変わって快晴となることが多いのは印象的ですね。「台風一過」ということばは、転じて「騒動が収まり、晴れ晴れとすること。」(デジタル大辞泉)という意味ももちます。
「一過」ということばはこれ以外にほとんど使われないため、「台風一家」と間違えていた、という人も多いようです。

私は、台風一家という勘違いはしませんでしたが、台風を英語で言うと「タイフーン」というと聞いた時は、「何の冗談だよ。日本語から変な英語を作るなあ、外国の人は。」なんて思ってました。
今になって考えると、なにやら危うい解釈ではあるのですが、正確なことを知る機会もなかったため、これまでなんとなく「日本語の台風から英語のタイフーンが生まれた、英語にもともとあるのはハリケーン」というように思っていました。ところが、つい先日知ったのですが(というかタイフーンについてブログを書こうと思い調べて知ったのですが)、案の定、日本語の台風を英語にした、という考えは間違いでした。
では、逆にタイフーンから台風ということばになったかというと、そういう説もあるようですが、確かなことはいえないようです。

台風の語源は何か、という観点から調べてみましょう。
日本大百科全書(ニッポニカ)』によると、「もとは颱風(たいふう)と書いたが、1946年(昭和21)に制定された当用漢字にないため台風と改められた。颱風は中国語の颱と英語のtyphoonの音をとったもので、一般に通用するようになったのは大正時代からである。(中略)颱は暴風のもっともひどいものをさし、中国における最古の用例は17世紀後半(後略)」といいます。
ここでは、中国語で暴風のもっともひどいものをさす「颱」と英語の「typhoon」の音をとって、「颱風」になったとされているわけです。
ところが、同じ『日本大百科全書(ニッポニカ)』に「中国では昔、台風のように風向の旋回する風系を颶風(引用者注、ぐふう)とよんだが、この知識が南シナ海を航海していたアラビア人に伝えられ、彼らはそれをぐるぐる回るという意のtufan(引用者注、引用元ではuとaの上にハイフン、以下すべて同じ)とよび、これが一方では颱風になり、他方ではタイフーンに転化したと考えられる。」ともあり、ここではアラビア語の「tufan」から颱風、タイフーンの両方が生まれたとしていて、前の説明と少しずれています。
とにかく、アラビア語の「tufan」または英語の「typhoon」から最終的に日本語の「台風」につながったようです。
アラビア語の「tufan」と英語の「typhoon」と「颱風」の影響関係はぼかすのが無難なのでしょうか、『大言海』(1186頁)には、「颱風ハ、亜剌比亜語、Tufan.英語、Typhoon.ノ音譯語ナリト云フ。」としてあります。
また、孫引きのようになってしまいますが、『日本国語大辞典』が、新村出国語学叢録』もアラビア語の「tufan」または英語の「typhoon」の音訳か、という説をとっていると紹介しています。

そのほか、『大言海』には「又、臺灣(引用者注、台湾)地方ヨリ吹キ起ル風トテ、支那人が颱の新字を造レリト云フ。」ともあります。これは、厳密には颱という漢字の由来についての話ですが、「颱風」に台湾から吹く風の意味が含まれている可能性を述べたものといえます。

『大言海』は続けて「颱風ハ、大風の義ナリト」ともいっています。日本でも、大正時代以前は「大風」という語が使われたこともあったそうです。

このように、「台風」の語源、「タイフーン」との関係は、一筋縄ではいかないようです。
はっきりした答えをお伝えできなくて申し訳ありませんが、南シナ海を航海していたアラビア人のことばが関係しているかもしれないというのは、なんだかロマンがある気がしませんか?

ちなみに、日本では台風に類する自然現象をさすことばとして、古くは「野分」もありました。
源氏物語』の巻名にもなっていますね。「野分」というと、野の少なくなった現代からみるとなにか激しくも雅な感じがしますが、人命も奪う可能性がある自然災害ですから、そんなのん気なことは言っていられません。
これからの季節、台風がいくつも接近するかもしれませんが、できるだけ大人しい一家であってほしいと思います。

【参考文献】
・『デジタル大辞泉小学館
・『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館
・『日本国語大辞典小学館
(以上、Japan Knowledge Libより)
大槻文彦『新訂大言海 新訂第21版』冨山房、1965年(初版第1〜4巻および索引は1932〜1937年刊行)
新村出国語学叢録』一条書房、1943年