にちぶんにっき

早稲田大学日本語日本文学コース室のブログです。

蓋はカバには化けない

こんにちは、波留です。


前回、サッシは英語のsashからきていて、本来はサッシュだった、というようなことを書きました。


冷静になってみると、この「本来はサッシュ」というのは、微妙なところですね。
英語のsashはsashであって、サッシでもサッシュでもその発音を正確に映してはいません。
だからと言って、カタカナで表記するのが悪いというわけではありません。
外国語を、日本語話者みんなが容易に読める形で、日本語に即座に取り入れることができます。
「日本語に取り入れられた時点で、外来語という名の日本語なので、言いやすい形がいい」という考え方もできます。カタカナに限界があるとはいえ、sashの発音にはサッシュが近いのは確かですが、サッシのほうが言いやすかったのかもしれません。
brushがブラシュでなくブラシという外来語になったのも言いやすかったからでしょうか。


カタカナによって外来語が「とりあえず読める形」で表記できるためか、特にIT社会の現代、外来語があふれています。
前回のブログで触れた「リポジトリ」。なにか英語っぽくない雰囲気もありますが、repositoryという英単語です。
私が「英語っぽくない」と思った原因のひとつに、「リ」で終わっているということがある気がします。
もし「リポジトリー」なら「英語っぽい」と思ったかも。
大辞泉では「リポジトリー」で項目がありますが、インターネット検索をすると「リポジトリ」が圧倒的に優勢のよう。
countryは「カントリー」と書くのに、repositoryが「リポジトリ」なのはなぜでしょう。


鍵は、リポジトリがIT分野でよく使われてきた言葉だ、という点にありそうです。


みなさんは、印刷する機械のことを「プリンター」と発音し、パソコンのコンは何かと聞かれたら「コンピューター」と答えると思います。
でも、パソコンを使っていると、「プリンタ」「コンピュータ」という表記を目にしませんか?
マイクロソフト社は、長年、外来語カタカナ用語末尾の長音について、「3音以上の用語の場合は(長音符号を)省くことを “原則” とする」という旨の表記ルールを採用していました。
つまり、「プリンター」が表記としては一般的とわかっていても、長音符号を省いて、「プリンタ」としてきたのです。
多くの人が利用するマイクロソフト社のOSが入ったパソコンでは、「プリンタ」がよく登場したことと思います。


実は、マイクロソフト社は、2008年に方針転換し、末尾の長音符号を省かないことにしたそうです。
これは、1991年の内閣告示第二号(英語由来のカタカナ用語において、言語の末尾が–er、-or、-ar などで終わる場合に長音表記を付けることを推奨)をベースにしたものとのこと。
【参考】http://www.microsoft.com/ja-jp/presspass/detail.aspx?newsid=3491


しかし、マイクロソフト社に限らず、IT分野では「プリンタ」型の表記が慣習になっているようです。
マイクロソフト社の方針転換から6年たちましたが、このブログの編集画面で、はてなダイアリーは「ブラウザ」を使っています。
「プリンター」型が広がるとしても、もう少し先の話になりそうです。


さて、「プリンター」と「プリンタ」、もとの発音にどちらが近いのか、というと、これはやはり微妙なところだと思います。
printerの末尾の「r」は伸ばす伸ばさないではなくて舌を軽く丸めているわけですね。
英語話者がprinterと発音するのを聞いて、そのまま文字にしろと言われたら、「プリンタ」と書く人もいそうです。


さきほど書き忘れましたが、マイクロソフト社の従来のルールでも、「2音の用語は長音符号を付ける」ということになっていました。
coverは「カバー」と書いていたわけですね。「カバ」じゃないんです。
だけど、英語話者の発音を聞くと、意外と「カバ」もいい線いってるんじゃないかと思います。


とにかく、新聞など、一般的には1991年の内閣告示第二号「外来語の表記」に基いて、–er、-or、-ar などは、原則、長音符号で表記しています。
基本的には、こうした国内の統一されたルールに基くのが、混乱がなくていいと思いますが、たまには、カタカナの利便性と限界、外来語のもとの単語の発音に興味を向けてみるのも面白いのではないでしょうか。


長くなりましたが、今日の記事(エントリ)は外来語に関する話でした。